「海外に居住権があれば、日本の所得税や相続税はもうかからないんですよね?」――国際的にビジネスをされている経営者の方や、資産を海外に分散したい富裕層の方から、このご質問をいただく機会が本当に増えました。
きっかけの多くは、ポルトガルやドバイの「ゴールデンビザ(投資移住ビザ)」の華やかな広告です。数千万円を投資すれば10年の居住権が手に入り、しかも現地は無税――そんな情報を目にすれば、期待が膨らむのも自然なことだと思います。
ただ、税理士として最初に申し上げておきたいのは、「海外の居住権(レジデンシー)を得ること」と「日本の納税義務から外れること」は、まったく別のルールで動いているという点です。ここを取り違えたまま実行してしまうと、期待した節税効果が得られないどころか、日本で申告漏れを指摘されるリスクを抱えることになります。今日はこの2つの違いを軸に、2026年時点の主要国の投資移住ビザの姿を整理していきます。
そもそも「投資移住ビザ(ゴールデンビザ)」とは何か
ゴールデンビザとは、一定額以上の投資(不動産・ファンド・国債・事業など)を行った外国人に対して、その国が居住権(滞在許可)を与える制度の総称です。国によっては数年の更新型、国によっては将来の永住権や市民権(パスポート)につながる設計になっています。
ここで押さえておきたいのは、「居住権がある」ことと「実際にそこに住んでいる」ことは同じではないという点です。多くのゴールデンビザは、年に数日の滞在だけで維持できる「滞在の権利」にすぎません。日本にいながら海外の居住権だけを保有している、という状態も制度上は成立します。そして後述するとおり、日本の税務は「権利」ではなく「実際の生活の本拠がどこにあるか」で判断されます。ここが最初の分かれ道です。
制度を見るときに注意すべきポイント
- 「居住権」と「永住権」「市民権(国籍)」は別物。どこまで到達できる制度かを最初に確認する
- ビザ維持に必要な最低滞在日数(数日で足りる国もあれば、実質移住を求める国もある)
- 投資対象を売却・解約したらビザが失効するのか、維持されるのか
- 家族(配偶者・子・親)を帯同できる範囲と追加費用
- 制度は政治情勢で急に縮小・廃止されうる(後述のポルトガル・スペインが典型)
2026年、主要国の投資移住ビザはこう変わった
制度は毎年のように改定されます。以下は執筆時点(2026年8月)で確認できた主要国の概要で、金額・要件はあくまで目安です。実行前には必ず最新の一次情報と現地専門家の確認が必要です。
| 国・制度 | 主な投資ルートと最低額(目安) | 最低滞在の目安 | 位置づけ |
|---|---|---|---|
| ポルトガル(Golden Visa) | ファンド投資50万ユーロ/文化遺産25万ユーロ等。不動産ルートは2023年に廃止 | 平均で年7日程度と少ない | 永住は5年、国籍は制度改正で原則10年に延長 |
| ギリシャ(Golden Visa) | 不動産80万ユーロ(人気地域)/40万ユーロ(その他・120㎡以上)/25万ユーロ(改修・用途変更等) | 最低滞在日数の要件は緩やか | 5年更新の居住許可。国籍取得はハードルが高い |
| UAE・ドバイ(Golden Visa) | 不動産200万AED(約8,800万円)で10年 | 長期不在でも失効しにくい | 個人所得税・キャピタルゲイン・相続税が無税 |
| タイ(Thailand Privilege) | 会員費65万バーツ(5年)〜500万バーツ(20年)。投資型ではなく会員制 | 長期滞在を前提とした特典ビザ | 永住・国籍にはつながらない長期滞在ビザ |
ポルトガルは、かつて人気だった不動産投資ルートを2023年に廃止し、2026年5月の国籍法改正で市民権取得までの期間が原則5年から10年(EU・ポルトガル語圏諸国は7年)へと大幅に延長されました。スペインのゴールデンビザは廃止され、イタリアは投資額を引き上げるなど、EU圏では「縮小」の流れがはっきりしています。一方で、無税を前面に出すUAEや、会員制で手軽なタイのように、非EU圏の選択肢が相対的に存在感を増しているのが今の構図です。
いくつか補足しておきます。ポルトガルは滞在日数の要件が非常に緩やか(平均して年7日程度)で、「日本や母国での生活を続けながら、将来のEU居住権・国籍の“保険”として保有する」という使い方をされる方が目立ちます。ただし2026年5月の国籍法改正で市民権までの道のりが延びたため、「短期間で第二のパスポート」という目的では以前より魅力が薄れました。ギリシャは不動産の取得価格で居住権が得られる分かりやすさが特徴ですが、人気地域の価格帯が80万ユーロへ引き上げられ、対象物件の面積要件(原則120㎡以上)なども加わって、以前より条件が厳しくなっています。UAE・ドバイは投資額こそ大きいものの、個人課税がない点と滞在維持のしやすさから、資産運用と生活の拠点を丸ごと移したい層に選ばれています。タイのプリビレッジ(旧エリートビザ)は投資ではなく会員費を支払う仕組みで、永住権や国籍にはつながりませんが、手続きが比較的シンプルで長期滞在の入口として人気があります。
各国比較で注意すべきポイント
- 表の金額は投資額そのもので、政府手数料・弁護士報酬・保険などの付随コストが別途かかる(ポルトガルのファンド型で総額52万〜53万ユーロ程度が目安)
- ユーロ・バーツ・AEDと為替の影響を強く受けるため、円換算額は常に変動する
- 「無税」は現地での話。日本の居住者であり続ける限り、日本の課税は別途及ぶ
- EU圏は制度改定・厳格化の途中。申請時期によって適用ルールが変わることがある
本題:居住権と「税務上の居住地」はまったく別物
ここが今日いちばんお伝えしたい部分です。海外のビザを取っても、日本の所得税法上「非居住者」になれるかどうかは、まったく別の基準で判定されます。
日本の所得税法では、国内に「住所」を有するか、または現在まで引き続いて1年以上「居所」を有する個人を「居住者」とし、それ以外を「非居住者」と定めています。そして「住所」とは、生活の本拠、すなわち仕事・家族・資産・生活の実態が総合的にどこにあるかで判断されます。よく誤解されますが、日本は「1年のうち183日以上いたら居住者」といった単純な日数ルールを採用していません。海外に居住権があっても、家族や事業の本拠が日本にあれば、日本の居住者と判断されうるのです。
つまり、ゴールデンビザという「入国・滞在の権利」を持っているだけでは、日本の納税義務は自動的には消えません。実際に生活の本拠を海外へ移してはじめて、非居住者としての取り扱いが検討される、という順序になります。
居住地判定で注意すべきポイント
- 「居住権を取った=日本の非居住者」ではない。生活の実態がどこにあるかで判定される
- 日本に持ち家・家族・主要な事業拠点を残したままでは、非居住者と認められにくい
- 現地でも「税務上の居住者」になるには、そのビザや滞在が現地の居住者要件を満たす必要がある(滞在日数がごく少ない設計のビザだと、現地の居住者にもなれず“どこの居住者でもない”状態になりかねない)
- 二重居住・二重課税の調整は租税条約の「振り分けルール」で行われるため、条約の有無と内容の確認が欠かせない
移住を実行する前に確認したい、日本側の3つのルール
居住地を本気で海外へ移す場合、日本側には守るべき制度がいくつもあります。特に富裕層・経営者の方に関わりの深いものを挙げます。
- 国外転出時課税(出国税) ― 対象資産(有価証券等)の時価が1億円以上ある居住者が国外へ転出する際、その含み益に対して所得税が課税されます。「まだ売っていないのに課税」される点が特徴で、移住のタイミング設計に直結します。
- 外国子会社合算税制(CFC税制/タックスヘイブン対策税制) ― 低税率国に法人を設立しても、実態が乏しく日本側で支配している場合、その所得が日本の株主の所得に合算されて課税されることがあります。「現地が無税だから日本でも無税」とはなりません。
- 国外財産調書・財産債務調書 ― 一定額以上の国外財産等を持つ場合、その保有状況を税務署へ提出する義務があります。CRS(共通報告基準)により各国の金融口座情報は自動的に交換されており、「海外だから見えない」という前提はもはや成立しません。
実行前に注意すべきポイント
- 出国のタイミングと対象資産の評価額で税額が大きく変わるため、事前シミュレーションが必須
- 法人設立は「無税化の手段」ではなく、実態(人・拠点・意思決定)を伴って初めて成り立つ
- 申告・報告義務を怠ると加算税・延滞税の対象になり、無申告は特に重い扱いになる
今日から始める、移住・投資ビザ検討の5ステップ
情報の海に飛び込む前に、順番を整えるだけで検討はぐっと現実的になります。次の流れで進めてみてください。
- 目的を言語化する ― 節税なのか、事業拡大なのか、家族の教育環境なのか、将来の国籍取得なのか。目的が変われば最適な国も制度もまったく変わります。まずここを一枚のメモにします。
- 「実際に移り住むのか」を決める ― 生活の本拠ごと移すのか、日本を拠点にしたまま居住権だけ持つのか。この一点で、日本の課税関係(非居住者になれるか)が大きく分かれます。
- 候補国の一次情報を確認する ― 政府・移民局の公式サイトやJETRO・外務省の情報で、最新の投資額・滞在要件・家族帯同の条件を確認します。広告や仲介業者の情報は必ず一次情報と照合します。
- 日本側の課税をシミュレーションする ― 国外転出時課税の対象になるか、保有資産の含み益はいくらか、法人設立を伴う場合はCFC税制に触れないか。ここは移住のタイミング設計に直結するため、早めに税理士へ相談します。
- 現地専門家と役割分担する ― ビザ申請・不動産・現地税務は現地の弁護士や会計士、日本側の課税・報告は日本の税理士、と役割を分けて連携させると、抜け漏れが起きにくくなります。
検討を進めるうえで注意すべきポイント
- 順番を飛ばして「まず物件を買う」から入ると、後から日本側の課税で想定外の負担が出やすい
- 為替が動くため、投資額は円建てで幅を持たせて試算しておく
- 家族の帯同要件・子の就学・配偶者の在留資格まで含めて一体で検討する
おわりに
投資移住ビザは、事業のグローバル展開や資産の地理的分散、家族の選択肢を広げるうえで有力な手段になり得ます。一方で、「ビザを取れば日本の税金から自由になれる」という理解は、現実の制度とかけ離れています。大切なのは、居住権という“入口”と、税務上の居住地という“実態”を切り分けて、日本側のルール(国外転出時課税・CFC税制・国外財産調書など)を守りながら設計することです。
国際税務と海外移住は、ご家族の構成、資産の内容、事業の形態、渡航先の制度によって結論が大きく変わります。同じ「ドバイ移住」でも、独身の投資家と、日本に事業と家族を残す経営者とでは、取るべき手順も課税関係もまったく異なります。当事務所では、渡航先の現地専門家と連携しながら、合法的な範囲で無理のない移住・資産移転プランをご一緒に検討しています。ご自身のケースで何から確認すべきか迷われたら、どうぞお気軽にご相談ください。
<参考サイト>
- 国税庁 No.2012 居住者と非居住者の区分
- 国税庁 No.1478 国外転出時課税制度
- 国税庁 国外財産調書制度(FAQ・手続案内)
- 外務省 海外安全・各国基礎データ(ビザ・在留情報)
- JETRO 国・地域別の投資・在留制度情報
※本記事は執筆時点(2026年8月)の情報に基づく一般的な解説であり、個別の税務・法務判断ではありません。国内外の制度・税率・ビザ要件・手数料・為替は変動します。実行前に必ず税理士および現地の専門家にご確認ください。